火曜日 新年なので眼鏡作りたい。 折り畳みで小話です。女子沖。 冬のボーナスはたいたっていう絢爛豪華な振袖姿で近藤さんにお酌をする総悟の緊張気味の微笑みが、俺に向けられる気配はなく。 馬子にも衣装だの喋らなきゃ別嬪だの美人のコスプレで酒が旨いだの、まわりにさんざん囃したてられようがからかわれようが、近藤さんの隣でぴしりと膝を揃えて動こうとしない総悟は今年の抱負も「近藤さんの嫁になる」なんだろう。結構なことだ。 近藤さんと総悟がどうこうなるってこたあない。確実にない。なんせ近藤さんにまったくその気がないからだ。総悟の遠回しなアプローチにも直球なアタックにも天才的な鈍さで完全スルーだ。そりゃそうだ実の娘のように思っている相手からそういう目で見られているだなんて、あのコーンコーンスッココーンな性格じゃ想像だにしないんだろう。 今だって耳を澄ませば近藤さんはひたすら「お妙さんがお妙さんが」とあの女の話ばかりじゃないか。総悟もなに上手に相槌うっちゃってんの嫌なら話題を逸らせよ痛々しい。「女心は複雑ですからねィ」全くだよバカ。 今年もこのままずるずると、総悟は叶わぬ恋を追い続けるというだろうか。近藤さんの幸せを願いつつ、しかもその幸せの環の中に自分はいないという事実を頭の片隅では理解しながら。 それは正しいのかもしれなかった。 たとえば脱いで迫って形だけでも近藤さんをものにしてしまうより、このぬるま湯みたいな恋に浸かって消耗されるのをただ待っている。 ひとの手に余る運命という渦の中で、それが総悟に与えられた役割なのかもしれない。 だけど。だとしたら俺は。 「……運命だって変えてみせる」 「うううううううっわああああ~……」 振り向けば山崎。気配を断つ修行でもしてんのか存在感の薄い奴め。 「なに勝手に俺の独り言拾ってんだよ」 「副長が灰皿替えろっつったんでしょーが!」 きもちわるっ、と続けられたのでさすがに腹が立って拳を振りあげた。がきんと硬い音がした。 「あー手が滑ったわ」 「人を殴っといてえ随分な言い草ですねそんなんだから沖、おっとなんでもありません」 「なんだよなんか言いたいことあんのか?ア?」 「ないですないですぅ。あーあ、沖田さんが最近こんなこと言ってましたーていう報告でもと思ったんですが迂闊なこと言うとゲンコですからねーえ?今年の抱負は沈黙は金にしますう」 俺は懐からすっと新渡戸を取り出すと山崎が「俺、諭吉さんのファンなんです」としれっと顔を横に振った。 黙って札入れを取り出すと「しめしめ」と聞こえた気がする。空耳だと信じたい。 「で?」 仏頂面で耳を傾けたその時に、座敷の向こうの総悟とかちりと視線が合って、それどころじゃなくなった。 「助かりやした」 ざばざば水道水で手を洗う総悟の顔色はまだ悪い。手洗いに行きたくて仕方なかったのだという。 「おまけに足は痺れてるし、帯は苦しいししぬかと」 「慣れねーことするからだ」 耳元で「トイレ」と囁かれ、酔っ払いどもを蹴散らして総悟を担ぎあげた瞬間は、今年始まって24時間経過していないというのに年間1・2を争うべき輝かしい出来事だったと思う。 厠までの道中も、ゆらさないでとかもっとゆっくりとか泣きつくもんだから、ええ、まあ、とてもよかったです。ありがとう新年。 「せっかく着付けて貰ったけど、もう脱いじまおう。酒もご馳走もはいんねーし、俺のガラじゃねーや」 「それがいい」 「やっぱり、似合ってねーんですね、俺」 「んなこたねえよ。ほら、ええと。近藤さんも女っぽくていいって喜んでたし、華やかでまあ、悪くない、ていうか」 「派手に着飾って南国の毒虫か、とかってなじらないんですかィ」 山崎の言葉がリフレインする。「沖田さん、副長が最近怒らないから不気味だってこぼしてましたよ」 当たり前だ、見つめ合うことすらままならないのに叩いたり説教したりできるわけがない。 そんな気まずいばかりの俺が、そんなことないよ世界一かわいいよ、なんて言っていいものか。 そういうのは近藤さんが言ってやったほうが喜ぶんじゃあないだろかと躊躇してるうちに、奥の座敷からお呼びがかかる。 そっと抜けるにはまだ早い時間。 「先戻ってるから、ゆっくり着替えてこい」 「土方さん」 「大丈夫だって。お前がなに着てるかなんて皆それほど気にしてねー」 最後の一言は多分余計だった。 飛んできた障子に俺の頭の大きさの穴が開いた。 PR