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日曜日

折り畳みで小話です。

続きです。胸糞悪いもの書いてすみません。私は自分を痛めつけて楽しむ変態ってわけじゃないので一応土沖のつもりです。オールウェイズ土沖なんです。
「山崎くん、だっけ。彼とはなにを話してたんだい」

対向車のヘッドライトが彼女の横顔を照らしては通り過ぎていく。
まだら雪を掬い取ったワイパーが軋んだ音を立てた。

沖田君とフロントミラー越しに目が合った。
相変わらずの無表情に悲しみの色を見た気がしたのは、僕の勝手な思い込みではないはずだ。

「……珍しい、ですねそんなこと聞くの」
「そうかな」
「基本、放任主義じゃねーですか」
「そんな沈んだ顔をしていたら気になるよ。悲しみに沈んだ顔ももちろん綺麗だけれど」
「伊東先生の冗談なんてはじめてききやした」
「笑って欲しくてね。必死なんだ」

少しだけ頬が緩んで、少女めいた面持ちが輪をかけて幼いものになる。





近藤局長が溺愛している秘蔵っ子のことを噂だけで聞き知っていた時は正直、軽蔑に近い感情を持っていた。
実力も伴わない女子供を客寄せのために組織に入れて。人道に反するとすら思っていた。

「悪いがうちのを一人、しばらくそちらで面倒見てはくれないか」
二年前そんな打診を受けたときは、てっきりうちとパイプを作りたいために適当な輩を寄越すんだろうと踏んでいた。
名前を聞いて、まさかと思った。『沖田』という名の別人なのか、とも。

思惑をはかりかね距離を置いていたのは一瞬で、僕は彼女のことを気に入った。
実際に身近で接してみてわかった。剣の才能、人を魅了するカリスマ性、美貌。
もしも神がいて、一握りの人間にギフトを与えてから地上へ降ろしたのならば、彼女は紛れもなく「与えられた」側の人間だった。
だからこそ凡人の手には余るのだろう。
近藤局長があっさりと彼女を手離して、ここへ送り込んできた真意を詮索するよりも、この降ってわいた幸運を無駄にしないよう立ち回るべきだ。そう決めた。
その判断は間違っていなかった。

彼女は必ず、うちの象徴といえる存在になるだろう。
いいや、もう既にその片鱗は見せている。
『見廻組の白い悪魔』
今のところその働きを公にしていないにも関わらず、その通り名は徐々に世間に浸透してきていた。





「伊東先生の初恋っていつですか」

前を、睨むように見つめたまま沖田君がいった。

「君かな」
「まさかの二度目の冗談?」
「どうだろうね。なんだ、さっきの彼とそんな話をしていたの。ほほえましいというかなんというか」
「あの、昔の話ですよ」
「昔っていったってほんの何年か前の話だろう?」

沖田君が怯えるように膝の上で拳を丸めるのが見えた。いじめるつもりじゃなかったのに。
僕はできる限りの優しい声を出そうと努める。

「隠してたわけじゃないんです。でも聞かせるほどの話じゃなくって」
「無理にとは言わないけれど、沖田君が僕に話しても構わないのなら聞かせてほしい」
「フェアじゃない気がする」
「いいよそんなもの。僕はその相手の男のことは知らないし、多少不公平になったとしても知ったこっちゃない」
「たぶん向こうの悪口になるし、先生に軽蔑されんのいやです」
「君が性悪なのは承知してるつもりだけど。それにたまにはそういうのも刺激があっていい。屯所に戻るまでの一時間、BGMがわりに話してみてはどうかな」

渋滞情報を聞くまでもなく、目の前にはのろのろと赤いテールランプが列をなしている。
ふっと深い息を吐き出してから彼女は、口を開いた。「長いですけど」と断って。





「俺は、十のときに田舎から江戸に出て来たんです。それまでは母親代わりに育ててくれた姉と二人暮らしで。…もう、病気でなくなっちゃったんですけど、美人で優しくて自慢の姉でした。
大好きだったけど、俺はちょっとだけ僻んでたのかも。なーんにも、かなわないんですもん。俺はこのとおりがさつだし、料理も裁縫もろくにできないし。ただ体だけは丈夫だったから、薪割ったり、水汲みに行ったりは俺の仕事でした」

なんだかほんの十年前なのに、今思い出すと昔話みたいですね。そういって沖田君は笑う。

「剣術を仕込んでくれたのは近藤さん…近藤局長の親父さんでした。これは後で聞いた話ですが、薪割ってる格好がとてもいいって。それで、一緒に稽古しないかって、息子さん通して道場に誘ってくれたらしいです。うれしかった。父親と兄貴がいっぺんにできた気分でした。姉上も一緒に、皆で夕食とったり遊びにいったりして、毎日賑やかで幸せでした。でも」
「でも?」
「ある日、近藤さんが道端で倒れてた怪我人を拾って来たんです。嫌な感じ。俺は一目みて、あいつはよくないって直感しました。早く追い出さないとよくないことが起きるって。だけどそんな子供のたわごと、きいてもらえるわけない。
俺の直感、わりとあたるんです。数日後、その怪我人のあとをつけてきた浪人のせいで、近藤さんは酷い怪我をしました。
そいつが挑まれた決闘の加勢をした、みたいな話でした。俺はしばらくして知らされました。子供でしたから。
結局そいつはそのまま近藤さんちに居着くことになりました。江戸にも、近藤さんの相棒として一緒に行くことになって…
その人ね、皆に好かれるんです。気に掛けられて、心配されて頼りにされて尊敬されて、人の輪の中心にいるんです。俺はその輪に入れなかった。その他大勢になってたまるかって意地になってた。…特別になりたかった」
「好きだったから?」

返事がないのは肯定だ。彼女は続けた。

「江戸に来てからは少し変化がありました。その人、面倒な誘いを断るために俺のことダシにするんですよ。『ガキのお守りがあるんで』って。『沖田の損壊家屋の事後処理行かないといけないのでお暇します』『こいつ体調が優れないようなので失礼』それはそれでよかったんです。実際そのままばっくれて一緒に飲みにいったりしてましたし。同郷だし、年下だし、気の置けない相手とは思ってくれてたんでしょうね。
…女ができてからはつらかった。
その人ね、俺のこと隠れ蓑にして女と旅行にいくんです。
出張のついでだったり、休暇のときだったりまちまちでしたが、宿で一緒の部屋をとるだけとって、夜更けまで帰ってこないんです。
そして口裏合わせのための駄賃のつもりなのか、帰りがけ、ちょっとした小物を買ってくれるんですね。簪とか、足袋とか。
俺は精一杯呆れた顔をつくって、受け取るんです。よくやりますよねえ、ほんとうに。
俺とその人は、周りには恋人同士だって思われてました。
否定なんてしません。せめて浸りたかったんで。向こうもなにかと都合よかったんでしょうね、一度も違うって言いませんでした。ずっとこのままでもいいって、そのときは思ってました。もしかしたら今後、気が変わるかもしれないって期待もしてましたし、ある意味で特別扱いはされてましたから。『こんなことお前にしか頼めない』そう言われるのうれしかったんです。」

ばかだなあ、と懐かしむように彼女は零す。

「ある時ひどい喧嘩をしました。次の朝、気まずくって話しかけるかどうか迷ったんですが、たまたま部屋の前通りかかったんで部屋を覗きこんでみたんです。その人、ぼーっとしながら箱に入った指輪を眺めてました」


―――どうしたんですか、それ。
―――なんだお前か。好きな相手にやろうと思ってたが、無駄になった。
―――あれまあ、たっかそうなのに残念なことで。
―――欲しいならやるよ。


「いらない、って大声出したの覚えてます。コップの最後一滴てやつでしょうね。今思い出せばそれくらい我慢できそうな一言だって気もするんですが…今までためこんでた気持ちがぶわって溢れて、コントロールできなかった。俺は頭が真っ白になって、掌に置かれた指輪投げつけて部屋から逃げるように走りだしました。吐き気も眩暈もひどくって、もう顔も見たくないし何も聞きたくないって思って、その足で近藤さんのところに行きました。ここにいるのは無理、続けられない、辞めさせてください。必死でした、近藤さんの両腕にしがみついて、お願いしますってひたすら言い続けました」
「驚いたろうね」
「ええ。近藤さんあのとおり優しい人ですからすごく心配してくれて。落ち着け、まずなにがあったか話してみろ辞めるなんて言うな、って諭してくれてたんですが、俺があんまり取り乱してるもんだから…普段それほど感情出さないんで、びっくりしたみたいでした」
「君がうちに来た早々の頃は、彼、あんまりにも頻繁に連絡をくれるものだから何か事情があるんだろうとは思っていたけど、ようやく腑に落ちたよ」
「そんなにですか?」
「一日二回定期連絡。へたすりゃ三回」
「うわー……」
「君は話したがらないし。どう誇張しても元気とは言い難いくせに『元気です』って言い張るし。向こうは向こうで『元気にやってるかな?』て尋ねてくるし。閉口したよ」
「知らなかった。ごめんなさい」
「君が謝ることじゃない。それに、僕が近藤さんの立場でも同じことをしただろうな」
「まさか。伊東先生が?」
「僕だって君のことは心配だった。…今も心配してる。旧友に会ったことで里心がついて、帰るって言いだすんじゃないかって、ね」
「それはないですよ」
「そうかな」
「ないです。さっき山崎も言ってやした。もう向こうに俺の居場所はありやせん」

どうだろうか、僕は思考を巡らせる。
彼女を疑うわけではないが、少なくとも近藤局長は、期限付きで彼女を送り出したはずだ。ほんのしばらくのつもりで。
ずっと身内同然にかわいがってきたんだ。
彼の性格からすれば、いつでも迎えられるよう環境を整えていそうなものだ。
人手不足だなんだと理由をつけて、いつ呼び戻そうとしてもおかしくない。
断固阻止しなければならない、今更この子を手離すつもりなど毛頭ない。





見廻組の屯所が見えて来た。
出迎えの隊士が沖田君の姿を見止めてうれしそうに敬礼した。
目視しづらいけれど、白い隊服の肩には雪が積もっている。ご苦労なことだ。

車庫に向かうため沖田君がハンドルを切る。そしてなんでもないように前を向きながら、僕の名を呼んだ。「伊東先生」

「お傍に置いてください、あなたが必要とする間だけでいいですから」
「……性悪だな」
「え?」
「覚えておきたまえ。僕はそういう物言いに弱い」
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