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水曜日

勢い勝負。
折り畳みで小話です。

※最初「逆恨み→恨み返し」というどうすりゃこんなにヤンデレるんだよという話だったのでやめました。

世の中には知らなくてもいいことだってある。むしろ溢れている。
世の中の常識。隣人の職業。そして自分で自覚のない性癖、などなど。
知って得する情報ってのもたしかにあるはずだとは思うけれど。





「あんたのこと、実はずっと気になってたんです」と総悟は言った。

「ずっとっていつから」
「ここに越してきた日から」

衝撃の告白だった。
こんなときどういうことを言っていいやら。俺の少ない人生経験では、適当なサンプルケースが検索できない。
二の句のつげない俺の目の前で総悟は、恥じらうというよりも、青褪めた顔をしていた。
廊下で擦れ違うとき、エレベーターで見た横顔も、記憶をたどればいつもこういう頼りなげで儚げな雰囲気を纏っていたように思えた。
まもってあげたい。
ふいにそんな文言が浮かんではっとした。
「どこ見てんの」「なに考えてるの」「ほかに好きな人いるってほんと?」俺の上を通り過ぎて行った女たちが拗ねたように、怒ったように繰り返した戯言に今なら簡潔に答えられる。

こいつのことだよ、と。

「ユウレイ。ほんといるもんなんですねえ」
「・・・は?」
「引っ越すのそのせいなんでしょ・・・俺も、ほんとなら教えてやったほうがいいよなあ、とは思ってたんですが」

予期せぬ感情の発露にどういう名前をつけるべきか判りかけたところで、意識を引き戻された。
なにかめくるめく思考中に不穏な単語を聞きとってしまった、ような気がした。気がする。
レイ?

「今なんつった」
「だから、ユウレイ。・・・・・・げ。もしかして気付いてなかっ・・・、なんでもねーですサヨウナラよい引っ越しを」
「詳しく聞かせて貰おうじゃねえか」

総悟の言うことには。
「割のいいバイトだったんです」とのことだった。
なにか問題のあった部屋・・・不幸ごとがあった部屋というのは、どうしたって敬遠される。次の借り手に「どういう事情があるのか」と説明する義務があるし、いくら割安で出した物件でも事情付きだと敬遠されるのは否めない。
しかしそれが、次の次の借り手であれば、説明責任はなくなる。表面上、なにも問題がない物件として市場に出せるわけだ。

「俺はアンタの部屋の前の住人なんです。ほんの一日、24時間だけだったけど。」

そして、その前の住人は?
聞きたくないってのに気力を振り絞ってそう尋ねると、総悟は黙って目を伏せた。
コンビニ弁当をレンジで温めると発ガン性物質が発生します。そう知ったとき以来のショックだった。

「・・・その「入居」で片棒担げば、ここの敷金ちょっとまけてくれるって言うんで、つい」
「あっそう・・・」
「不穏な気配に怯えてカノジョをとっかえひっかえ連れ込んでんのかと思ったのに、違ったんですね。とんだ鈍感だ。見る目がないってよく言われんじゃねえですか」
「ちょっと待て傷心な今の俺にきつい言葉を投げつけんな避けきれない」
「アンタちょっとおもしれーですね。もっと早く喋っときゃよかったなァ」
「なに笑ってんだよ・・・」

かわいいじゃねえかと笑顔に見とれてしまったのはもう自分を誤魔化す必要もなかった。手間だしやめた。受け入れた。
慣れ親しんだいわくつきの部屋(新事実)を引き払って始まる希望にあふれた新生活、それだけでも手一杯なのに。過剰なときめきと勘違いの恋を背負いこんで古い犬の俺は明日からどう生きればいい?
ふっと憂えた俺の目の前に、白いボディの携帯電話が差し出される。

「土方さん赤外線は?」

躊躇などしない。
きっとそれなりに幸せなのは確実だ。
『総悟』という単語を覚えた俺の携帯電話は明日から、きっと期待で震える。
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