火曜日 昨日買った文庫本のエッセイに見覚えがあるなと思ったら、中学校のときの教科書に掲載されていたものだって思いだしました。ほんのり嬉しい。何年前かっていう引き算はノーセンキューだけど。折り畳みで小話です。 殴り飛ばしてしまうかも。結構真面目にそんな心配をしていたけれど、実際姿を見つけたらそんなの全部忘れて、ただただ息を漏らすしかできなかった。隊服の黒が太陽光を浴びている。こいつがさぼるときはいつもそうだ、日向に背を向けて丸まっている。そのうち背面だけ色褪せてしまうんじゃないだろうか。たわいもない想像をして、その間に呼吸を整えた。みし、と鳴った床板に反応したくせ、言い訳も振り向きもしなかった。背中は沈黙を守っている。炙られたスルメみたいに丸まったその背中を呼んでみる。「おい総悟」背中にぎりぎり接触しない距離に腰を下ろすと、煙草の匂いは消毒液のそれに上書きされた。加えて膏薬、かすかに血の匂い。日光に温められた空気は、怪我人を匿ってはくれない。中途半端に羽織った隊服のすぐ下に、隠しようのない証拠がある。単純な好奇心と、純粋な心配と。まさか乱暴する気はなかったのに、俺の伸ばした手はあと数センチのところで、総悟の声に阻まれた。「お触り禁止なんで」冗談めかした台詞に似つかわしくない重苦しい響きは、ふてぶてしいというよりも。こいつの背中に視覚がなくてなにより。こっそり口元を緩ませたのはまさか見せられない。張りつめた緊張感には気づかないふりをする。「戻るぞ。なにしてんのお前」「・・・冬眠中でィ」「もう春だ。立春は過ぎたろ」「光合成」「草食ってても草にはなれねんだぞ」「かくれんぼ」「たった今発見したろうが」「じゃあ電池切れ。俺ァ実はロボットなんで」「十三針縫って腕つってる奴の台詞じゃねえな」肩が跳ねるのを見た。そこにじりじりと近付いた。蜻蛉を捕まえるような手つきで、ゆっくりと触れたら嫌がらなかった。何重にも巻かれた包帯は、体温を吸うのにも時間がかかるのか、意外にもひんやりしていた。「いきなり逃亡すんなよ。ガキじゃねんだ、まさか治療が怖いからってわけでもねえだろ」「・・・だって」「ん?」「だって隊長がこんな包帯ぐるぐる巻かれてちゃあ、士気が下がっちまうでしょう」見下ろした横顔は真剣そのものだった。「・・・深手負ってる隊長が行方不明って状況の方がまずいだろ」「隊の皆には気づかれてやせん。たまたま通りかかった医療班の奴と、首根っこつかんでコレやってくれた先生ぐらいで」「俺は気付いた」「アンタは仕方ねえ。医療班にも報告義務ってもんがある。まだ、周囲に知れてないんなら、」「黙っててくれやせんか」ようやく体を起こしたかと思ったら、青白い顔でそんなことを言う。俺は。さぼんなって叱り飛ばして、そのあと「よくやった」なんて誉めてやって、「心配した」なんて、甘い顔のひとつでも見せりゃ簡単だって思ってた。眩しい日向はまだそこにあって、しばらく動きそうもない。 PR