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水曜日

折り畳みで小話です。
気を付けてください。(参考にならん注釈)
「おかげんはどうです」暖簾の向こうから声がした。
西日の差す部屋は眩しい。橙色がやけっぱちに部屋を染めていた。
俺は一度開けた瞼をまた閉じて、だらしなく寝転がったままで返事をする。
「まあまあだ」
「そりゃあ何より」
実際身体の調子は悪くなかったからそう答えたというのに、総悟の声には笑いが含まれていた。きっと、強がっていると解釈されたのだ。
「ほんとうだって」
返事はない。代わりに蛇口をひねる音がする。
あたたかな湯気の匂いと、野菜を刻む音が心地よい。
無性に眠かった。うっかりすると、支えている右手から頬ががくりと滑り落ちそうになる。
「煙草やめたんですねェ」
「・・・ああ」
「驚きやしたぜ。人間ってのは変わるもんだ、昔は誰が何言っても部屋ん中真っ白にしてすっぱすっぱと吸い続けてたってのに」
「ああ」
「おや、随分口数が少ない。せっかくなんだ、何か言いたいこととか聞きたいこととかねえんですか」
そんなの山ほど、きりがないほどあるというのに、いざ話そうとすると毛糸玉のように絡まって、うまく言葉になってくれない。
それでもなんとか絞り出す。これだけは、どうしても。
「幸せだったか」
からからと笑い声が響いた。
「言うに事欠いてそれかィ。野暮にも程がありまさァ。どうりでひとり身なわけだ」
「放っておけよ」
「あのね土方さん、俺はきっと、十八までにあらかた人生堪能しちまったんでさァ」
耳を澄ます。流れるようなおしゃべりが、心地よく鼓膜を震わす。よく知った声が染みていく。
「・・・悔しいことも嫌なこともやりきれないことだってそりゃあ、両手の指に余るくらいあったけれど、思い返してみりゃあまずまずでした。悪くなかった。幸せでした」
「そうかよ」
「あんたはどうです?土方さん」
「俺は」
瞼の裏に浮かんだのは古い記憶だった。
「俺は、後悔ばっかりだよ」
遠い日のこと思い出していた。
晴れの六月。
抹香くさい部屋。
白い箱に、黒い額縁の中の写真に、呆然とした日のこと。
人ひとり居なくなることなんてどうってことはないって、必死で思い込んだ。泣かなかった。信じたくなかった。泣いたら認めることになりそうで、泣けなかった。
「なあ総悟」
「なんです」
「総悟」
「聞こえてやすよ。なんです?」
「俺はお前のことを怨んでた」
ずっと。
もしかしたらこれからも。永遠に、俺が俺である限り、記憶がある限りは、ずっとだ。

しゅん、と蒸気が鳴くのが聞こえる。
陽が翳る。
夜が来る。幕が引かれるように、部屋には紫の影が落ちてくる。
かわいそうな人だと総悟が言った。

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