土曜日 明日から一週間くらいお仕事で留守にします。ジャンプも読めやしないよーオオオン 折り畳みで小話です。 『金曜日だから卵と牛乳を買ってきてね』 ミツバからのメールを確認すると、リターンで「了解」とだけ返して、沖田は携帯電話をポケットに突っ込んだ。 沖田家の休日の食卓には、必ずホットケーキが並ぶ。 「おいしい?」 ミツバが聞く。 「おいしいです」 沖田は答える。 「学校は楽しい?」 「楽しいです」 「お友達と仲良くしてる?」 「ええ」 「クラブ活動ってたいへんね。土曜日まで練習があるだなんて。疲れちゃうわね」 「そんなことないです」 沖田はようやく、イエス以外のこたえを返す。「好きでやっていますから」ミツバはにっこり笑って、頷いた。 「そーちゃんは頑張り屋さんだものね」 どう答えていいものかわからなくて、沖田はカフェオレの入ったカップを傾ける。 ミツバと一緒に食事をする土曜日のこの時間が、沖田はとても好きだった。高校生にもなって姉にべったりか、と同級生にからかわれるのが目に浮かぶようでまさか公言したりはしなかったけれど。 一緒の家に住んでいるといっても、それぞれ帰宅時間はまちまちだし、ほとんど顔を合わせることはない。沖田の学校が休みだろうが、ミツバは日曜日も出勤する。 こうなると顔を合わすこと自体貴重になってくる。 『今日の帰りは卵と牛乳を買ってきてね』 はじめてそのメールが届いたのは、沖田が高校に入って一年目の、携帯電話を持ち始めて一週間くらいのことだった。 沖田が買い物袋を片手に帰宅して、台所の玉簾をくぐると、テーブルの真ん中でボウルと計量カップが並んで置いてあった。 「何か贈り物のお菓子でも作るの?」尋ねた沖田に、ミツバは真剣な表情で、こう言った。 「明日はホットケーキを食べましょう」 「ホットケーキってどんなに食べたくなったって一人じゃ食べられないじゃない?」 「そんなもんですか」 「そうよ。ほら、箱にも二人分って書いてあるわ」 量を半分にしたら?と思ったけれど言わなかった。沖田は姉に対する好意を、よくこういうふうに使っていた。 少し多めに牛乳を入れたせいで、ホットプレートの上のタネは、円の縁がじりじりと広がっていく。 「・・・だからね、わたし、ああそーちゃんがいてよかった、って。しあわせだなあって思うの」 「おおげさだなあ、姉ちゃんは」 「ほんとうよ」 ほんとうなんだから、とミツバは繰り返した。 沖田はこの時間が好きだった。 それは嘘ではなかったけれど。 沖田は実際のところ味には無頓着だし、腹に溜まればなんだって同じだとすら思っている。 クラブの剣道はちょっと楽しいけれど、学校の授業なんて退屈で仕方ない。友達なんていない。 姉のミツバが、近々「誰か」をこの家に連れてきて、自分に紹介しようと機会をうかがっていることも、なんとなく気付いている。 (しあわせ?) 嘘付きはどっちだろう。 甘いバニラの焦げた匂いが、換気扇に吸い込まれていった。 PR