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木曜日

折り畳みで小話を。

 
「副長いっぺん死にゃあいいのに」
ぐしっ。すん。真夜中の庭にこだまする俺の愚痴。
膝の上では、無残にフレームがひんまがった俺のラケットが鈍く輝いていた。深い悲しみを湛えながら。たぶん。いや悲しいのは俺。
空に浮かべる回想の中の、副長の般若顔がひたすら憎い。「山崎ィィィィ」今日は休暇だったのに。昨日の休日出勤の振り替えだったのに。その事実を伝えた時の「そりゃ悪かった」という素直なリアクションがなお憎かった。
涙が止まらないことに悲しくなって、また涙が出た。
慰めが欲しい。そう思って、ついさっき手当たりしだいにコンビニで買い込んできた缶ビールに手を伸ばす。
と。
触れたのはアルミの硬さ冷たさではなかった。
重なる手。重ねているのは、盗人の。
「・・・沖田さん」
「バレちゃあ仕方がねえ。見られたからには死んでもらう」
「いいですよ。一本くらいあげます」
ぱあっと眉間が開いてご機嫌になる様子に奪われながら、それでも慌てて「内緒ですからね」と付け加える。沖田さんには酒と煙草は与えないってことになっているのだ。一応。未成年だしね。
隣でプシッと空気が噴き出す音がした。プルタブから指を抜き、沖田さんはおもむろに盛りあがった白い泡に唇を寄せる。え、ここで飲むんですか。
「・・・部屋に持ってって飲んでくださいよ。どやされます」
「だいじょーぶだっての」
「お・れ・が!怒られるんです!副長に!」
「理不尽だなあそりゃあ」
「理不尽ですよ。あの人に関わるすべての事象が理不尽なんです」
「それが死んでほしい理由かィ」
「え」
どっから聞いていたんだろう。まだアルコールが回っていない俺の体を、冷汗がだくだくと流れていく。
まずい。やばい。沖田さんの、黒眼の中の俺の像が、沖田さんのまばたきに合わせてぐにゃりと歪む。
もう、そんなふうに歪んで崩れてどっかに消えたい。
「やーまざきィ。起きてる?」
「ハイ・・・」
「さっきの本気?」
「独り言ですから。聞き流してください。」
「でけー独り言だなあ。殺しの依頼なら引き受けるぜィ」
「沖田さんが言うとシャレになんないんで、殺しは結構です」
「じゃあ殴ろうか?」
「殴らなくてもいいですから、俺の独り言を他言しないでください。それだけでいいです」
「俺のおニューの拡声器が出番を待ちわびているのに?」
「勘弁してください・・・」
鼻水まで出てきた。慌てて拭ったら、沖田さんがひゅっと息を飲んで「えー」と言った。「えー」ってなんだろう。俺はだらだらになった顔をうつむかせながら、しきりに沖田さんの追及を遮ろうとしてみる。放っておいて下さいとかもう休んで下さいとか。だってもう、話してる場合じゃないのだ。そっとしておいて欲しいのだ。
悲しみに浸らせてください、どうかどうかどうか。
くぴ、と喉が鳴る音がした。
「ラケットの墓作ろうか」
「作りませんよ」
「遠慮すんなよ」
「直してまた使いますし!」
「なんだ。全然だめになったわけじゃねーんだ」
・・・
うう。
「もう一本、飲みますか」
「飲む!けど、いいの」
「いいんです」
ちょっと不幸ぶってみただけですから。
心の中で呟いて、俺は悠然と頷いた。
 

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