日曜日 折り畳みで小話です。おしまい。本誌でスタイリッシュに鼻に割り箸刺してるような時にこんなんですみません ちかちか瞬く。見上げていたら、通りかかった山崎が「あれま」とこぼして同じく見上げた。「蛍光灯替えないとですね」「ああ」「ポルターガイスト……」「ああ?」「や、そういうの好きだったじゃないですか沖田さんて。きっとあのへんに現世と霊界の境界線的なものが発生してんでさー、とか言って」毒されやがって。ぺしりと「いいからさっさと替えとけ」と山崎の頭を叩けば、突然しゃっきりと背筋を伸ばして「うわあもうこんな時間!」とぷるぷるしだす。「すんません副長俺もすぐさま取り変えたいのは山々なんですがどうしても急ぎの会合がありまして!ああ忙し忙し血管切れそうッ」「…………」「どうしても今じゃなきゃいけませんか。俺が不幸になってもいいんですか俺はこんなに頑張っているのに。こないだだって休日返上でとっつぁんとこの庭木の剪定作業からバーベキューの手配まで請け負ったじゃないですかそりゃ俺はなんでもできますよでもね、ご存知のとおり凡庸な、地味でほどほどなただの人間なんです自分のペースがあるんですこれ以上は過労で倒れてしまいます。そんなに俺が憎いですか副長は!」「……ほどほどにな」「は!ありがとうございます!」山崎がすたこらさっさと遁走した。たぶんあれはデートだ。デート以外の用事であればぶつくさ言いながらもなんやかんやと引き受けてくれる山崎だ。デートだ。春だ。結構なことだ。瞼を閉じてみる。ちらちらと白い残像が揺れて、ふっと消える。近付いてくる足音に耳を澄ます。それが、すぐ傍で立ち止まる。「ひじかたさ。」俺のことを呼ぶ幼い声は、総悟ではない。見れば、柔らかくもない、俺の膝らへんに必死に抱きついて、ぐすぐすと鼻をすすってぐずる、丸い頭がひとつある。「かみなり。こわい。」指差す先には切れかけの照明があった。俺はゆっくり頭を撫でて、ぎゅうと抱きしめ返してやる。「こわいことなんて、なんもねえよ」古くなったものはとっかえて、間違ってることは正しくして。総悟は。+++よくないと思ったんだ。だって総悟と同じような顔をして、ちょうど入れ違いのタイミングで俺たちの前に現れて、そんなの身代わりにしちゃうに決まってる。そりゃあ俺だって総悟のことは大事だった。だけどそれとこれとは別だろう。やめておけ、お前そんな、あやふやな縁で人間一人を育てていけるわけがないだろう。「ほんとうにあいつの子供かどうかもわかんねえのに。」ひどいことを言った。だけどトシは俺の言葉にも揺らぐことなくなにもかも決めてしまって、そして、いまに至る。「めずらしいなあ!」つるんとした墓石の並ぶ閑散とした広い敷地に、俺の声は思いのほか響いてしまった。トシは僅かに眉を潜める。「でかい声出すなよ……別にめずらしいことねえだろ」「いやいや。うん、そうだなあ」トシの影からひょっと飛び出し「近藤さー」としがみついてくるひよこ頭をわしわし撫でれば、甲高い声できゃあきゃあ言った。うちのもこれくらいの時があったなあ、と嫁さんと道場に籠っている一番上の娘の顔を思い浮かべた。トシがこうして総悟の墓参りにこの子を連れてくるなんて、やはりいくら記憶を引っ繰り返したって覚えがない。初めてのことだ。屈んだトシが、「こういう場所では、しずかにしなさい。」と子供に言い含める。「うん!わかった!」元気な声が返ってきて、思わず噴き出した。やる気に溢れているわりに、ぜんぜん静かにしていない。「近藤さん。」「や、悪い悪い」「しめしがつかねえだろうが……」「ごめんなさい。よし、近藤さんも静かにします。約束します」「やくそく?」「ああ。約束だ。」ふふふ、とゆらゆら笑う子供が指を伸ばす。俺は請われるままに小指を結んだ。そしてトシとこの子と俺と、三人でじっくりと、手を合わせる。くちん、とかわいいくしゃみが聞こえて横に視線を移せば、もうひとつ盛大にくっしゃん、と。線香のけむりが鼻をくすぐったのか、それとも花冷えの風のせいか。俺が懐を探る前に、トシがさっさとちり紙を出して、顔周りを拭ってやっていた。すっかり板についている。「なんだよ」と不思議そうな視線を向けられて俺は、笑って首を横に振った。「それじゃあ、帰るか。ほら、父ちゃんにご挨拶して」「う?」「あいさつ。お墓に、ご挨拶しなさい」「うん。ばいばい。」+++うちの新八がオカルトにかぶれてんだけど、と引き攣った笑いの万事屋に突っかかられたのはついこの間だ。おたくら、最近なにか変わったことないよね?なんて。俺は首を横に振って、その日のうちに総悟に尋ねた。万事屋の連中になにかしたのか、と。「もしかして、お前の姿見られたんじゃねえのか」かぶき町周辺にはよく出没していたはずだから。『さあねえ。よく似た他人でも見たんじゃねえんですか?』あの母親、顔も背恰好も俺によく似てやしたからねえ。総悟はそう言って笑った。『俺、そろそろ電池切れでさァ』あっけらかんと、よくもまあ。「電池切れって。なにお前電動だったの」『時代はデジタルですし』「やかましい。で、どういうことだ。お前がポンコツなのは今に始まったことじゃねえだろう」『消えるってこと。』「は?」『なーんかこの頃、不安定だなって思ってたんですよねェ……まあ、俺だけ不老不死の選ばれた存在ってのもありえねえ。妥当っちゃ妥当でしょ』「もうなんの未練もねえのか」『未練だらけですけど、うらめしやーって夜な夜な誰かさんの安眠妨害するほど熱烈な未練はありやせんね』「ほんと性質悪ぃよな!最初は何かと思ったんだぞ毎晩毎晩夢枕に立って囁きやがって」『夢見が悪いみてえだったから子守唄歌ってやったんですって』「それで魘されてりゃー本末転倒だろうが!」『まあま、落ち着いてくだせえよう。昔のことでしょう』「そんなことより、」そんなことより、俺は総悟に、言わなければいけないこととか、問い質すべきこととか、いろいろあるんだ。だけどもうそれこそ昔のことだし、確認したところでなにか変わるとも思えなかった。だから俺は。結局あれもこれも全部、まあいいやってことにして。「…………元気でな。」『絶賛死んでる幽霊に対して言うことかィ。他にねえの?」「あいつのことは立派に育てるから任せとけ。あと、近藤さんのことはあのとおりだしまわりの奴らも今んとこ皆健康だし、なにも心配いらねえよ」『あとは?土方さんが言いたいことは?懺悔とか詰問とか、俺への愛の告白とか』「それは」『それは。』「それは、あの世で再会した時のお楽しみ。」ぶはっと噴き出して総悟は笑った。馬鹿笑いだ。ひいひいいって、腰を曲げて、なに乙女みたいなこと言ってんだィ、といつものとおりからかうような軽口叩いて、しばらく笑い続けた。俺はそれをじいっと眺めているだけで。『はあ。俺にも心の準備ってもんがありやすんで、向こうにはどうか……ずっと先、あんたがじじいになった頃来てくだせェ。つるっぱげでよぼよぼで見る影もなく萎れた土方さんを、まずはせいぜい笑って差し上げやしょう』「は。俺は爺になってもダンディな予定なんだよ。目に物見せてやるわ」『楽しみにしてやす。それじゃあ、さよなら土方さん』「ああ。じゃあな総悟」思わず手を伸ばした。だけどそれは届くことはなく。ぱちんと弾けて総悟の姿は輪郭をなくした。白い残像。白い粒。花弁のような光が舞い散って、ちかちか、ひらひら、きらきらと。風に吹かれて消えるその儚さで。そしてすっかり見えなくなった。総悟はもういない。それきり二度と見ることはない。だけど思い出すのはやっぱり、笑い顔だった。 PR