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赤い月を背負ってそいつは現れた。
後ろにくくった長い髪も、鋭い眼光もなにもかもが記憶と馴染まない。
それでもそいつは確かに総悟だった。
「真夜中のお散歩たぁ優雅ですねェ」
幼い仕草で首を傾げて笑う。表情は陰って見えなかったけれどきっと笑っていたはずだ。
「久々の再会だっていうのに。ほかに言うことはねえのか」
「はあ。煙草はお止めにならねェんで?」
「よりによってそれか」
「煌々と灯りをともしてのろしを上げて。この物騒なご時世に、よくやる。まるで死にたがってるようですぜ」
「なんだ、今夜はとうとう俺を斬りに来たのか」
「いいえ。」
ふうう、と浅く長く、煙の混じる息を吐く。
白く伸びた煙が夜風に浚われる。月が、空が相変わらず赤い。
袴と袖と長い髪を膨らませて、そいつの声が赤い夜に響く。
「あんたなんて。斬っても仕方がない。・・・・・・わかってんでしょ」
そうだ、俺にもわかっていた。
こいつは俺自身の首を狙っていたわけではなくあくまで、近藤さんの隣が欲しかっただけだ。
そして彼のほしいものはもう、世界のどこを探してもない。
俺が手にした紛い物の肩書なんか、こいつの眼中にはないのだ。
近藤さんはもういない。近藤さんのいない場所には未練なんてない。
それはわかる。そういった結論に辿りついたであろうこいつの思考は想像できたし、理解できた。
だけど、だからといってお前が夜な夜な人を斬って歩く理由はどこにある?
「――ほんとうにわけのわからん奴だよ、お前は」
空気が震える。砂利を踏みしめる音がする。「土方さん。」まるで子どもをあやすような声を、俺の耳が拾った。
「おれにとっちゃあ、土方さんのほうが理解不能ですねェ。近藤さんがいないってのにそこにしがみついて何になるってい
うんです?」
「てめえみてえに本能で生きていねえのよ。ここはあの人が創った場所だ。あの人になにがあろうがここを守りぬくのが俺の使命だ。それが恩義に報いることだろうが」
「あんたは何かと小難しい理屈並べんのがお好みでした・・・・・・・そして本音はひた隠す、昔から。ほんと、冷酷なふりをするのが得意なお方だ」
「なにを言っているのかわからねえな」
「あいにく口下手なんでさァ。そう、おれは所詮刃物の扱いに長けた獣です。人語もろくに操れねえ、おん、とも鳴かねえなんとも中途半端なね」
「あんなによくしてやったのに。どうもしつけが足りなかったみてえだな」
ちり、と火花が散る。
わざわざ殺気を見せつけてくれてたいへん結構なことだ。
それは警鐘。弱い者は去れという最後通牒。
あるいは。
「土方局長殿。」
威嚇か。
音もなく跳躍して、ほぼ同じ瞬間に切っ先が俺の視界に美しい線を描いた。
喉元にひたりと当てられた刃が冷たい。
――けれど肌を斬り裂く瞬間は来なかった。
せめて気取られないよう、呼吸を整える。
それはだいぶ分のいい賭けだった。
鼓動さえ共有できそうな間合いは近すぎる、けれどこれを待っていた。
耳打ちをしてやる。
「――近藤さんは生きてる」
「っ、」
「静かに。このまま聞け。・・・・・・投獄されているが無事だ、健康状態も悪くない」
「聞いてねえ。そんなの、嘘だ」
「そりゃあ機密事項だからな。俺しか知らない」
「じゃあ、じゃあ本当に近藤さんは」
「生きてる」
長い沈黙だった。
しばらくしてやっとゆるゆる構えが解けていく。
赤く濁った空の、雲の切れ間から清冽な、正しく深い夜が覗く。
それを見上げた横顔にまぶされた光もまた白くて正しい。眩しい。
(ああ、戻ってきた)
そう感じた。
俺を追い詰めていた強い腕を軽く押してやると、簡単に離れた。
もう戦意はないんだろう。
「沖田総悟」
ついと視線を合わせてきた美貌の、長い前髪から覗く目に宿るのは、柔らかい安堵だった。
長い瞬きをしたのを頷きと読み替えて、俺は続けた。
「お前に権限をやろう」
「は?」
「俺の代理で監察を動かしていい。内部の不穏分子を洗い出せ・・・そしてすべての綻びを拾い上げて俺に報告」
「あの。おれは部外者なんですが」
「休職扱いにしてあるから問題ない。本日付で一番隊隊長職に復帰しろ」
「無茶だ」
「無茶じゃない、やるんだ。お前も知っての通り、うちはただでさえカネも腕も削られてがたがたなんだ。内外からも不満が出てる。一番隊隊長の不在がその一因になったってのも否定できない。だからお前は戻れ。戻ってきて、責任を取れ」
「そんなの」
「総悟、戻ってきてほしい」
「・・・・・・」
「総悟。」
かわいい飼い犬。そしてちっとも従順でない俺の右腕。
今度はきちんど頷いた。
「次はない。こんど勝手に俺の傍を離れてみろ、斬り捨ててやる」
「期待してやす」
「じゃねえよ反省しろ馬鹿野郎が」
「うっせーよ寂しがり屋」
「・・・・・・」
「否定しねえんだ」
は、と短く隣が笑った。
肩の触れあうような距離で聞こえたそれに、俺は随分愉快な気分になった。
いい夜だ。
足元で並ぶ影も空も真黒で、煙草の火だけがゆらゆら赤かった。