日曜日 眼鏡が曇ってアンニュイなときは「バーロー」と高山みなみ(低音)のモノマネをすると楽しい気分になれるよ! 折り畳みで小話です。 「蝉つかまえた」 突き出した右手の下で、みみみみ、とやかましく震える物体は多分、総悟の言うとおり蝉なんだろう。 得意げな顔をしているように見えたので「すげえな」と褒めておくことにした。 数日後、今度は雀を捕まえたという。 「庭先でちょぼちょぼ木の実つついてたんで楽勝だった」 ほんとうだろうな石でも投げて弱らせたんじゃねーの、と疑わんでもなかったが、嬉しそうだったし、なによりそれより俺は、先日飲み屋で太股を擦り寄せてきた女が差し出した連絡先の、走り書きの紙を眺めては畳む、という作業を時間の許す限りおこなっていたので、「すげえな」と褒めておくことにした。 雀は総悟の両手にくるまれ、ぴちぴち鳴いた。 飼いたいと言いだしたのでそういうのは近藤さんにねだれ、とひらひらと掌で追っ払うと、むっとしたように頬を膨らませてのしのしと部屋から出ていった。 原田と山崎とあと何人か、輪になってがやがや騒いでいる。 焚火の季節でもなかろうに庭でなにをやっているやら、と渡り廊下から身を乗り出して様子をみると、まんなかに総悟と、がりがりに痩せたぶちの犬がいた。 寄ると誰かが、尋ねたわけでもないのに沖田さんが拾ってきたんですよと教えてくれた。 お世辞にもかわいいとは言えないような、鼻がへんてこに長い、汚れた犬だ。 まさか飼うとか言わねえだろうな、とまっすぐ総悟にむかって言ったのに、総悟ときたら俺の顔も見ずに。 「近藤さんがいいって言いやした」 そうして、犬の腹をなでている。 なあサドマル。そう呼ぶといやらしいくらいタイミング良く、その犬は甘えるようにしっぽを振った。 自分の名前がわかるんだな、賢いなかわいいなといい大人が大盛り上がりで、犬と総悟をもみくちゃにする。 俺は犬があまり好きじゃない。しかし好きじゃないから捨ててこいだなんてまさか言えるはずもない。そして大人げがない。だから黙ってその場を離れた。 夜更け、女のところから帰ってきたときだった。 俺の部屋は、庭を突っ切っていけば近道だ。浮かれた気分で煙草をふかしながらゆらゆら歩いていると、暗闇から、かすかに物音がした。 ごくりと喉を鳴らし、腰に差しちゃいない刀を掴みそうになって舌打ち、せめてと拾い上げた竹ぼうきを手にじりじりと音の方に進む。 すん、すんすん、と不規則な音。やはり誰かいると確信して、じりじり忍びよる。 かすかに動いたのはまるいかたまり。 ようやく目が慣れたところで人影は、すっくと立ち上がると砂利を敷いたところに草履を引きずって、縁側からのろのろと中に入っていった。 追わなかったのは、なんてことはない、総悟だったからだ。 さっきまでかがんでいた場所を確かめると、犬小屋ができていた。 夜目でも表面が光っているのが分かる。ちゃんと隙間なく打ちつけられた木材といい、表札代わりの「さどまる」という達筆な文字が書かれた木板といい、子供の手だけでここまでってのは難しいだろう。 犬がここに連れてこられてからちょうど七日目。 ちょうど留守がちにしていたここ二三日のうちに、誰かせがまれて作ってやったのかもしれない。うちには手先が器用なのが何人もいる。 中はからっぽだった。 「逃げたのか」 まあもともと野良だったんだし、なつかなくても仕方ないだろうと納得して、俺も自分の部屋へと向かった。 次の朝、朝食で席が隣り合った山崎に「そういえば」と空の犬小屋のことを尋ねると、そっと姿勢を低くし、あたりをはばかるようにして、「おとついからろくに餌口にしなくなっちゃって、それで」としんみりした様子で説明された。 総悟はどうしてるだろう、と思わず見回した。 もっさもっさと白米をかきこんでいた。「元気か?」と聞いたのは、近藤さんだった。「ばりばりでさァ」と答えているのが聞こえた。 「報告しろ」 一階三にん、二階に四にんうち生かして縛ってんのが首謀者いちにん。以上。 頬を薔薇いろに染めるでも、忌々しそうに歯を食いしばるでもなくたんたんと、総悟は今日の成果を告げる。 動揺がないのは優秀な証拠だ。と思う。 「……よくもまあ」 間の抜けた、感想とも評価ともつかない声が喉から抜けて、それを拾った総悟がにやりと笑う。 「すごいでしょ」 んじゃあ帰って寝よっとなんて黒い上着の裾からばたばた汚れた滴を撒き散らして、さっさと隠れようとする、暗いところへ。 すん、という音が耳に届いたのは俺への最期のチャンスだった、きっと。 「総悟」 腕を掴んで引きとめた。 振りかえった顔は相変わらず、大した表情なんてない。「なんです」なんて冷たくあしらわれてもよかった。 優しくしたい。 優しくしたい。 ろくな言葉を持っていない俺は、ばかみたいにただ、総悟の腕に縋っていた。 PR