横浜には横縞模様と小型犬があふれている。
というわけでナース(友達)と横浜でご飯食べてきました。「先日たまたまラジオで聞いたのだがaikoの『花火』マジ名曲」「私など先週CDを買ってしまったばかりだ」という話題で心を通い合わせました。(別にお互い昔からファンでもなんでもなかったというのになぜかここで急激に上がるaiko株)
折り畳みで小話です。
菜っ葉がざくざくと音をたてる。
ろくに手元を見てなくたってちょうどよく等間隔に切れている。今ではまな板を血まみれにすることもない。
そうしているうちに湯が沸いた。ぼうっと膨らんだ湯気をやりすごして、ひとつまみ塩をいれる。この瞬間が一番好きだ。ちいさい子どもの時分、踏み台使って流しに立って、姉上の「お手伝い」をしていた記憶が甘くかすかに呼び覚まされるからだろう。
(そうよそーちゃんはお利口ね)
それがいつのどんなときのことだったのか。季節すらあやういのに、声だけは鮮やかに残っている。
綺麗な人だった。しかもあれだけ善人だったわけだから、長生きしなかったのも道理だと。そんなふうに思えるようになったのは最近になってからだ。
姉上はもういない。
あのときは飽きるほど泣いた。たぶん一生分泣きつくしたんじゃないだろうか、そういやあれ以来泣いた覚えがない。
「赤ん坊は泣くのが仕事だからな」
でれっでれの鼻下千里な近藤さんが見せてくれた携帯の、待ち受けにしていた愛娘は泣き顔だった。
たしかにガキでもねえのにうっかり泣いちゃあうしろ指をさされるもんなあと変に納得して俺は、「かわいいですね目元なんか近藤さんにそっくり」と無難としかいいようのないコメントをしたのだった。
そりゃあ泣きたくなる時はある。でも実際には泣かないのだ。
体を壊したのは十九になりたての七月だ。
どうする?と聞かれても俺にはどんな選択肢があるのかすらわからなかったのに、口が勝手に「やめます」と言った。土方さんは「そうか」と言った。
近藤さんがいてくれればまだ、違ってたかもとは思う。けれど近藤さんはこのときにはもう引退してるも同然で、屯所に顔を出すこと自体、ひと月に何度あるかっていうくらいのもんだった。
田舎から出てきた時の野心とかカリスマリーダーのオーラとか、優しくって頼もしくってあったかい、みたいな俺が大好きだった部分は全部、「父性愛」一括変換されてしかもそれは惜しむことなく新しい家族に注がれてしまっていた。
おおげさでうぬぼれた言い方をすると「ひとつの時代がおわったのだ」と。そんなセンチメンタル。
「やめてどうすんのお前バカなのに」
「貯金ありやすから景色いいとこに一軒家借りて釣りでもしながら一日中ぶらぶらして金が尽きた頃に適当にバイトで食いつないでは面白おかしく歌って暮らしやしょうかね」
「そういう明確な目標がない奴は野垂れ死ぬのがオチなんだよちょっと考え直せ。部屋はそのまま使っていいから」
「嫌ですよ。屯所にいちゃあろくに女も連れ込めねえでしょ」
そういやろくに恋愛も遊びもしていない。だからこの機に自由にしてください。
俺がにっこり笑うとしばらくはびっくりしたみたいに固まっていた土方さんも、数分後には無事解凍されてにっこり笑ってそうかと言った。
ほっとしたような顔だった。
それもそのはず、この人はなにかと貧乏くじを引かされる役回りで、俺はそれを昔っから知っていたけれどまっすぐ指摘したことはなかった。もちろん意地悪な気持ちからだ、なんせ憎かった。逆恨み上等。理屈も常識も飛び越えて、憎いもんは憎いのだ。
出会ったころ、俺は子供で、土方さんはちょうどよく年が上だった。
姉上によろしくといわれ、上京してからは近藤さんによろしくといわれていたんだろう。律儀にそれを守って、ほんと難儀なことだ。
そんな事情はさておきやっぱり、子供としちゃあ、いたくプライドが傷付けられるってもんじゃありませんかそういうの。
さて。
今朝の残りの豆腐を冷蔵庫から出す。さっきまで青菜を湯がいていた鍋は今、油と醤油の匂いをさせている。
炊飯器のランプが点滅して、ぴいと蒸気を噴きだした。
まるで見計らったかのようにインターホンが鳴る。
俺はいつものように居留守を使う。
そのうちにインターホンを諦めて、コンコンコンというせっかちなノックに変わる。「俺だ」と聞こえる。「どなたですか」と聞く。俺はちゃんとその名前を耳にするまで、ドアノブを握って待っている。
「総悟しゃもじ取って」
「あんた人んち来てよくまあそれだけ図々しく振る舞えやすね」
「食費入れてんだろ」
「そういうことじゃねえし」
別に部屋を借りて越してきてからというもの、土方さんは毎日のように押し掛けてきては、こうして飯をたかっている。
米袋を担いだ見慣れた顔を魚眼レンズから確認したときは唖然としたし腹も立ったがもういちいち噛みつくのはやめた。毎日飽きもせず、と声を荒げるのは、毎日飽きもせず声を荒げている自分にそっくりそのまま返ってくるからだ。
罵声を浴びせられている土方さんはいつでも涼しい顔で、もしかしたらついにMに目覚めたかと戦慄したが、ためしに直接訊ねてみたらガツンと殴られたので、たぶん違うんだとおもう。
人の炊いた飯を俺のと自分のとちゃんと二人分盛りつけて、たんたんと卓袱台に置く。その動きには迷いがない。
せっかくの飯だしもめることなくおいしく食べたい。だから不本意ながらも声を合わせて「いただきます」っていう。
いつもと同じ光景だったはずが、土方さんが吹き出した。
「なんか、こうして二人で飯食ってると夫婦みたいだな」
ぶっ殺しやすよと冷たく言い放つ、はずが箸が転げたせいで言い損ねた。
そんなこといってなんの得になるんだか、そういうのは好いた女に言いなさいよああそうかいないからここにきてるのか暇なんですね。
せっかくの色男がこんなことしてる場合なのやらって思うと泣けてきた。絶対そのせい、まったく土方さんてば生き方に無駄が多いひと。 PR