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土曜日

部屋干ししたらちょっと匂うってなんてもんじゃないんだってばよ!!
かおりつき柔軟剤めいっぱい投入したんですが、タオルから汗くさい?腐ったような?そんな匂いが洗えども洗えども落ちません。君には辞めて貰う!※タオルのほうに。

折り畳みで小話です。パラレル。元気があるときに読んでください。
 

夢を見る。
花に埋もれてゆっくりと死んでいく夢だ。
俺はそれが正夢だとか悪い予兆だとか深刻に悩めるほど暇ではないので、毎朝毎朝、いったいこれはなんだろうねと眠い目をこすって首を回して布団をあげているうちに、また忘れる。



暑いのにご苦労さんだね助手さんもどうぞと勧められたお茶菓子を、まだ仕事があるんでといかにも真面目な顔をつくって深く頭を下げた。
「遠慮するんじゃないよ若い者が」
ひきとめられては断っての押し問答を何度何度と繰り返し埒が明かないので「実は」と切り出す。
「きのうの雨でぬかるんでるとこ朝から歩いてたんで、足袋が汚れてんでさァ。こんなんじゃ座敷に上げていただくわけには参りやせん」
ううん、と唸る声を聞いてほっとした。
ぴかぴかの畳だ、たぶん替えてからそう日は経っていまい。そこにつけこんだ。
「それと俺、実は助手なんてたいそうなもんじゃありやせん。先生ところの小間使い。みたいなもんで……」
言葉が途切れた。
ご隠居さんが心配そうに覗きこんでくる。きっと性根が優しいのだ、俺が畏まったあまり、言い淀んだのだと思ったんだろう。
皺だらけの顔をさらに皺でいっぱいにして、これ以上ないくらいの困り顔をしたあと、菓子をぜんぶざらざらと、懐紙に包んで渡してくれた。有無を言わさず掌に押し込まれたので今度はつっかえすわけにもいかず受け取る。
もう一度頭を下げて、屋敷を後にした。

ほんとのところ、足袋は余分に持っていたので言うほど汚れちゃいなかった。
もう担いだ箱の中に薬袋なんて残っておらず、今日のところは仕舞いだし、あとはせいぜい先生に一日の報告をするくらい。
川下の爺様の湿布、白壁の家の嫁さんの軟膏、頭の中で反芻して歌うみたいに拍子をつける。歌うのは頭の中だけだ、調子にのって歌おうものなら、途端にせき込んでしまう。

さっきはまずかった。もしかしたら途中で声が出なくなって、ぱくぱくと池の鯉のようなアホ面を晒していたかもしれない。
俺の喉はずいぶんなまけものになったらしい。ちょっとの時間も持ちこたえられない。せいぜい、息だけをしゅうしゅうと通す穴だ。
今更だけど、俺はおしゃべりだったんだと気付いた。相手がいると堰をきったように言葉がでてきて、もっともっとと会話を欲してしまう。駄目だとわかっていてもとまらない。

手のなかでぬくまった生菓子は、誰にやろうか。
朝からずっと腹にはなにも入れてないけれど、口を寄せる気にならない。ぶわあと広がる餡の味を想像しただけで自然、顔がゆがむ。
甘いものは好きじゃない。
そりゃあ餓鬼の頃はいくらでも欲しかった。今となっちゃどっちが冗談か分からないくらい、砂糖の味がするものをなんでも欲しがった。
おれが意地汚くくれくれとせがめば大抵、目尻を下げた大人連中はいいよ持っておゆきとまんじゅうでも団子でも景気よくくれたもんだった。持って帰って姉上と二人で分けて食べた。たまに怒られた。
「どうしてもほしいのなら自分の食べる分だけ貰ってきなさい相手の人が困るでしょ」姉上がそうたしなめるたび、俺は一瞬居心地の悪い気分になったけれど結局はきかなかった。くれるっていってんだからいいじゃないかと思ったのだ。それになにより腹が減っていた。姉上もそれは同じだって知っていた。

昔のことを思い出すと、頭の後ろがじんと痺れる。
丸太を抱えて素振り百回だのろくに砂利ものけていない山道を全力疾走だの、よくできたもんだ。
ほんの数年前の「自分の」記憶のはずなのにまるでそんな気がしない。
俺はどこか遠くから、ぎゃんぎゃん吠えて、笑って、犬ころみたいに駆け回っている子供の姿を眺めている。
近藤さんに背負われて、一緒に歌いながら月明かりの川辺を歩いていたり、土方さんにしぶしぶといった表情で手をひかれて因縁をつけてひっぱたかれて、涙目のまま縁日の提灯を数えていたりするのが見える。姉上に膝枕をされながら一日の出来事を話している、甘えた横顔が見える。
まったく嘘というわけではなく、たぶんそれは、俺がきれいに形を整えた、偽物の記憶なんだろうと思う。
あの頃はカメラとかテレビとか、今となっちゃ誰もが当然のようにつかっている、便利なものはなかったから。

先生のところで申し送りの簡単な書類を提出して家に帰った。
扉の前に、今朝はなかった白い箱が置いてある。麻の紐でぴしりと結わいてある封をとくと、一枚紙に見慣れた文字の羅列がきちんと並んでいる。
『お元気ですか』
美しい筆跡は姉上のそれだ。読み上げたのは声にならない俺の声。
月に一度届く、江戸からの小包に控え目に紛れ込んだ花模様の便箋には、それだけ記してある。

姉上からの電話はこない。ここには電話が通っていない。
小包の走り書き以外は手紙も来ない。俺が断ったからだ。それまでは週に二通、多ければ三通も届いていた。元々筆まめだったらしい姉上は、江戸の小間物屋に並ぶいろとりどりの便箋にすごくすごく感激したようで、お給金が出ると必ず新しいのを何種類か選びに行っている、それが楽しみだと書いていた。

近藤さんと土方さんは、今はすっかり偉い人になったようだ。
新聞にもたまに載っている。写真は白黒で粗くてよく見えなかったけれど、記事の内容はいいことと悪いことと半分ずつくらいだ。
「真黒い色の洋装で、帯刀して、悪い人達を捕まえている正義の味方」だと姉上の以前の手紙にはあったけれど、怪しいものだと思う。田舎の年寄りは口が悪いうえに暇だから、寄った集ったとなれば噂ばかりしている。

ここを出てった近藤んとこの倅は、江戸でろくでもないことしてる。うまい話に目が眩んだ、あいつらは天人の手下だよ、その証拠にほら、天人と同じような奇妙な着物を着て、このご時世に刀振るうことを許されてる。

俺といえば、そうなのかな、とか別にそうだとしても悪いことじゃあない気がするなとかぼんやり思うだけだ。
そしてまた、昔のことを思い出す。
もしもの話。もし、あのとき、俺が皆についていきたいって言ったら、どうなっただろうか。
ここに残りたい、じゃなくて、一緒にいきたいって言ってたら。
近藤さんは考え直してくれただろうか。
姉上は賛成してくれただろうか。
そしたら俺は、今頃は、近藤さんたちと一緒に、江戸で暮らしていたんだろうか。
土方さんは、
土方さんは
俺のことをもう一度、
もう一度……

考えても仕方がないことだった。
だって現実に、俺は刀を振るったりできない。
稽古をつけてもらったときの、あの痺れるような眩しい感覚は、きっと二度と俺に降りては来ない。体がもたない。いうことをきかない。
治るどころか年々しんどくなっていく。走れない。熱を出す。眩暈を起こして倒れこむ。

『お元気ですか』
俺が返事を出すことはない。

俺は思い切り息を吸い込んだ。
花のにおいがした。

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