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土曜日

起きたらパン食べよう。という決意。


折り畳みで小話です。


三年ぶりに会う弟はすっかり男の子っぽくなっていて、私はとても驚きました。
「背が伸びたのね」
つい、当たり前のことを口に出してしまって後悔しました。この子は近所の同じ年頃の子どもに比べると、いくらか小柄で、それを気にしていたからです。
弟は機嫌よく笑っただけでした。
私はほっとして、謝ろうか迷ってやめました。長引かせる話題ではないなと思ったからです。私は昔からこうなのです。鈍感で、不用意で、ぐずぐずと迷ってばかりいる。
こういうところを直さないといけない。決意をしないわけではないのです。
だけど、日々の予定に追われていると、その決意はゆるやかに流れていくのです。私の目につきにくいところへと。

私は元々体が丈夫ではありませんでした。
子供のころは入退院を繰り返し、せっかく手続きしてもらった幼稚園には、ほとんど通えず仕舞いでした。
小学校に上がり立ての頃もほぼ変わらずに休みがちで、甘えんぼの弟が、おうちにいるほうがうれしい、と無邪気に言ったものだから、私は子供ながら苦笑いをした覚えがあります。
卒業を控えたあたりでようやくほぼ毎日出席するようになりました。
それでも季節の変わり目など、一旦体調を崩すと、なかなかすっきり回復しませんでした。
学校をお休みした時は、(もちろん熱が下がって、落ち着いてからですが)自宅のベッドの上で、お勉強をしていました。
真面目で感心だと、先生やお友達も、もちろん弟も、しきりにほめてくれましたが、あれは私にとって、強制されるワークというより、ただ興味のままにこなす、楽しい時間でしかありませんでした。
臆病な私にとって、外側に起こる変化はともかく、内側のそれは、安全な感動を与えてくれる、愛すべきものだったのです。

弟の反抗期というものを、私は思い出せません。
頑張って思いだしてはみるのですが、甲高い声で「おねえちゃん」とわめく声も、私に甘えたり、助けを求めたりしてくるかわいらしいだけのものだったりして、まったくサンプルになりません。
今となっては、あの声を聞くことは二度とないのだわ、と思うと、ビデオでもなんでも、記録に残しておかなかったことが悔やまれます。
ただし、さっき「おひさしぶりです」とはにかむように呟いた声も、じゅうぶんに魅力的でした。
こっそり「弟さん食べざかりでしょう」といっては畑の野菜を分けてくださった近所のおばさまに、聞かせてあげたいくらいです。

いうまでもないことですが、弟は私の自慢なのです。
弟は、数字や理科など、私には基礎の基礎しか理解の及ばない分野がとっても得意で、今通っている全寮制の学校も、数学科がある学校です。授業が楽しいと言っているだけでも溜息がでましたが、「電車の中のひまつぶしに」と一冊だけ持ってきていた参考書があったので見せて貰いましたが、心から尊敬してしまいました。
遠くにいる。遠くを目指している、と思いました。

私はとうとう、住み慣れた家や街から離れる決心がつかず、まごついているうちに、ご縁をお世話してくださるという方の勧めるままにお見合いをし、とんとん拍子にお話がまとまりました。
来月結納です。
弟に知らせたところ、遠方から電車を四時間かけて乗りついで、こうして来てくれたというわけです。

駅からうちには、ゆるい坂道をくだって帰ります。

「絶対しあわせになってくださいね」

前を歩く弟がそう言って振り向くと、視線が同じ位置でした。
私は少し、さみしくなくなりました。そうですね、どうやら、さみしかったみたいです。

伸びた影が重なって、私たちは、手をつないでいるみたいでした。
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