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私の了解なしに私の喉は血を吐いて、いろんなものを汚していった。
そうでなくても古い家だ。手入れを怠るとあっという間に床も畳もくすんでしまう。
寝る前に、目をとじて、「そうだ明日晴れたら隅から隅まで掃き清めて、水ぶきして、障子も新しく張り替えよう」と決めるのだけれど、実際そのとおりにいったことなどこの半年、なかった。
ああもういいや、このままにしておこう。
諦めたらすこし胸が軽くなった。水回りと寝床がかたづいていれば上々、あとはみない。
そういうことにした。
そして庭を焼いた。
丈の長い草は青々と、生命力 を漲らせていて、視界に入るたび嫌になる。竦んでしまう。
恨みがあるわけではなかったけれど、マッチを擦って、丸めた紙をつぎたして、ころあいまで焼いた。
「ふふ」
楽しくなって、ひとりで笑った。
それがひと月前のこと。
「あねうえ」
弟が帰ってきた。
自分の家、それも猫の額ほどの庭だというのに、火をたてたのはまずかったらしい。
集落の顔役から報せがいったのだそうだ。
納得だ。たしかにあちらこちらに煤をかぶった女が「大丈夫です」といったところで、誰が大丈夫だと思うだろう。
気を利かせて、あるいは怯えから……まあ、どちらかというと大いに怯えて、取り計らってくれた。
おかげでしばらくぶりに弟には遭えたけれど、諸手をあげて喜ぶわけにもいかない。
夢から醒めたような、気分。
「そーちゃん」
「はい」
「ねえ、もう私、すっかりいいのよ?」
すっかり、というのは誇張だったけれど、よくなったのはほんとう。
真っ青な顔してかけつけてくれた弟をみたとき、
私、うれしかった。うれしくて、恥ずかしかった。
「もういいや」って思った時、ちょっとだけ、もう(しんでも)いいやって、少しだけ、思ってたの。
でもそれって覚悟ができてたわけじゃない。
「もう少し、います」
「お仕事は?」
「仕事と自分とどっちが大事か、とか、考えないんですかあねうえは」
「それは、」
ああ泣かせてしまう、と慌てたけれど、弟はくちびるを震わせただけだった。
背中を丸めて、鍋を磨いている。
この家に戻ってきてから、弟は掃除ばかりしている。「そんなのいいから休んで」といくら言っても聞かない。
日が暮れるまで家中を駆けずり回ったあと、ようやく横になるのは私の隣。
このごろ私は、眠っている弟の眉間のしわをこっそり伸ばしてから眠りにつく。こんなこと、こどもの時以来だ。
「私ね、いますごく幸せよ」
羨んだり妬んだりしなかったわけじゃない。
同じ家に生まれて、あなたは男の子で、丈夫で、純粋で、私よりずっとずっと……
だけど、
だからこそ。
「ねえ私、そーちゃんを不幸にしたくない」
帰りなさい、って言った。
弟は立ち尽くしている。
ずるい私は、また決めて貰えるのを待っている。