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指令は紙切れ一枚。
ハンドルを握る俺の隣には、頭髪を金色に染め上げて、リングのピアスを二つ飾った男がいる。山崎だ。
冴えないと誰かにからかわれて、地味なのがアイデンティティだと胸を張っていた頃の姿を思い出して、しばし浸る。
「渋滞かよ。ついてねえなあ、こっちは急ぎなんだよそこんとこわかってんのか?あん?」
「そうですね」
「土方よォ、おっ前ほんとに聞いてんのか?とぼけたツラしやがって」
「・・・っ、」
軽くない衝撃が頭を揺るがした。
あまり実戦向きではないとかつて評した山崎の拳の、意外に鍛えられた硬さを実感する。俺は口角を上げて「すみません」と言う。
ち、と舌打ちをして、すっかり様相を変えた山崎が、煙草に火をつける。
まさかこいつにいいように使われるなんて。
そう屈辱を感じたのは最初だけだった。
この世界では、俺は局長とは名ばかりの第一線を退いた老兵であり、その枠を脱しようとすると周囲からは奇異な目で見られることになる。
山崎、原田。そして、沖田。近藤さん。
真選組だけではない、江戸の街すべてが変容していた。そう、かぶき町のあの万事屋さえも。
知った顔が程度の差こそあれど、違う役割を演じている。
しかしそれに疑問を抱いている様子はない。この世界の彼らにとって、ここは日常であり、「違う役割」だなどと感じているの者など皆無だ。
つまり俺の存在こそが異質なのだ。
動揺するのは後でいい。事を荒立てるのは得策ではない。
己に割り当てられた役に徹して、この『神聖真選組』というふざけた組織に溶け込み、内情を探ることことが今の俺に出来る唯一の道。
そうだ。この状況を打破するために。
「しかしいくらなんでもいきなり人質をとるだなんて、皇帝も物騒なことをおっしゃいますね」
「ああん?なんつった」
「ですから、もっと穏便に・・・・・・」
すかさずとんできた拳が強かに俺の側頭部を強打した。思わず顔をしかめる。
「ったく、仏のパシリだとか呼ばれるようになって少しは物分かりよくなったかと思ったら、てんで駄目だなお前」
「すみません」
「別にいきなり?万事屋のガキひっ捕まえてぶっ殺せって言ってるわけじゃねえんだぜ?十分穏便じゃねえか?違うか?あん?」
「すみません。しかし仮にも警察が・・・・・・」
「バッカ。警察?今となっちゃ誰もそんなん覚えてねえよ。俺たちは志も新たに皇帝のもとに集った侍なんだよ。
前局長のつくった真選組は死んだんだ。みてみろ、原型なんて微塵も残ってねえ」
山崎が吐き捨てるように言う。
「まあな、土方てめえの言いたいこともわかる。お前、皇帝に目の敵にされてるもんなあ」
一瞬言葉につまって、それでも笑顔の仮面が剥がれていないか気に留めながら否定する。「そんなことは。十分すぎるくらいの待遇ですよ」
「閑職じゃねえか」
「手があいているからこそ、こうして現場に労力を還元出来ているんですよ。光栄です」
「お利口なこって。・・・・・・そうやって、なんか腹に一物抱えてるようなとこが、皇帝からの信望を得られねえ理由だろうな」
「僕が?滅相もない」
「誰でもねえ、皇帝本人がおっしゃってたんだよ。土方は自分のことを見下している、そこが気に食わないってな」
「へえ」
総悟が?
そう言いかけて口を噤んだ。
今の俺は、『皇帝』となった総悟と直接話すことない。下手をすれば数日姿を見ることもないほどだ。
それは単純に身分の差による対処というわけはない。現に山崎も、それよりも格下の者だって、謁見すると申し入れれば難なくかなえられるのだ。
「たしかに皇帝はバカだよ」
窓の外に目をやりながら山崎が呟く。聞き間違いかと思いつつ、しらじらしく聞き返してみる。「なにか言いましたか」
「皇帝だよ。バカだし、性格もあのとおりだし、褒められんのなんて面くらいだ。そう思ってんだろ」
「いえ、まさかそんな・・・・・・」
はは、とお愛想で笑ったのを遮って、山崎が続ける。「でもな」
「皇帝は、俺たちの代弁者なんだよ。わかるか?」
「俺たち、ですか」
「だから俺たちは皇帝をなにがなんでも崇めて、奉って、そのあとをガムシャラについていかなきゃなんねえんだよ」
(それはどういうことだ。)
核心に近づけそうな気がしてその先の言葉を求めようとしたのに、運命にそっぽを向かれたらしい。
万事屋の眼鏡のガキを見つけてしまった。
「いたぞ。止めろ」
山崎がバズーカを担ぎあげる。
よせバカ、とたしなめようとした俺の手は間にあわず、爆音が響き渡る。
騒がしくわめきたてながら山崎が土手をくだっていく。眼鏡だけじゃなく周囲のギャラリーも騒ぎはじめた。
「あーあ・・・・・・」
隣にいるべき人間がいない。
ふとした瞬間にこうして実感してしまう。
ここにいるのは総悟じゃなくて。局長と呼ばれるのは近藤さんじゃなくて、俺も俺ではない。
押しつぶされそうになる。