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刃物をぎらつかせてドアの前で棒立ちになっている総悟をみたとき思った。
ああついに俺の番なのかって。
ジャンプもタウンページもなにもない。きのうの古紙回収に出したばっかりだ。
さてどうしようか、と寝汗に加え、今まさにかいている冷や汗のせいで重さを増したTシャツの裾を握った。誰か。
最近どうにも再生ボタンが壊れ気味の俺の走馬灯は順調に俺の半生をまぶたのうらに映し出す。
高校の卒業式、自動車免許取得、就職。残業の日々。入院。まわりの人々。最後らへんは笑う総悟憎たらしい天パ頼りになる近藤さん(最近一緒に釣りに行った)そして泣く総悟。
いままさにここにある危機感なんて走馬灯は知ったこっちゃないのか、とため息交じりに目を開けると、実物が口を開いた。
「あの」
「ん。」
「うさちゃんにしましょうか」
「・・・・・・・・・・・・普通でいい」
後ろ手に持っていたりんごをおずおずと差し出して言った。「寝てると思ってたからびっくりしました」ならばもっと、驚いた顔をしてほしいものだ。
俺のうちの台所には包丁がない。
あるのは調理用はさみとピーラーくらいのものだ。
一応気を遣っているらしい総悟が俺に背を向けて、「お見舞いに」と持ってきたりんごを、これまた持参した果物ナイフで剥いている。
ふだん果物なんてそう口にしないから、こんなに匂いがつよいものだったのかと、今更のように感動した。
「はい、アーン」
「ひとりで食える」
「・・・・・・すみません」
「ところで総悟、お前さ」
「あ、テレビつけましょうかテレビ。何チャンネル観ます?」
「いやそれはいいんだけど」
利き手にはつまようじで串刺しにされた赤いうさぎで、もう片方の手はリモコンで塞がれた。
しばらくはしゃこしゃこと果肉を噛み砕く音とテレビのノイズが部屋に満ちる。それほど好きでもないけれどおかわりに手を伸ばしたのは逃げるためだった。
だって。
この雰囲気は覚えがある。そわそわして、はにかんで、緊張したような。
またなにか、とんでもないことを言い出すときの、それだ。
結局二時間の番組をまるまる視聴して、次の番組との境目に押し込まれたニュースが始まった。
ときだった。
選手宣誓のように通る声で、総悟が言った。「土方さん、俺ね」。喉が鳴ったのは、りんごの塊を飲みこんだせい。
「おれ、もう誰も好きになんない」